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「 一九五一、三、九朝                        

宮本常一 

   江田豊子様 

○皆様お元気でお仕事の事と存じます。 

○二月中旬急に用事ができて大阪までまいり、その帰途、三月三日から瀬

戸内海沿岸をあるいています。九日(今日)岡山でミシガン大学のノー

ベックにあう事になっていますので、気せわしい旅をし、よい効果を大

してあげる事ができませんでしたが要点のみかきます。 

○三月三日 神戸駒ヶ林にまいり小畑種吉氏のうちを訪いましたが、同氏

没後、現在七之助氏があとをついで居ますが、同氏の汚職事件にからみ

押収せられたものが多いようです。組合で帳簿一冊を借りて送りました。 

○明石市は戦災にやけて何ものこらず。 

○三月五日 最近明石市になった東二見にまいりました。先ず組合文書を

見、且、きき書をとり、更に大西氏の古文書を見せてもらいました。大

西氏にはもとずいぶんたくさんあった由ですが、没落と共に散佚。庄屋

問屋すべて今なく、小包三つを送りました。 

○三月六日 東二見より網干へ。そして組合にゆきましたが、古いものは

何にもなし。幸にして町史ができて居るというので見せてもらい、旧庄

屋にはたくさん文書のある事を知りました。併し編纂者に遭う事ができ

ず、雨の中を室津へゆきました。 

○三月七日 室津できき書をとり、組合文書を借り送っておきました。旧

問屋の村長氏にも遭い、古文書の所在をさがしましたが、殆どのこって

いないとの事に断念して、網干に引きかえし町史編纂者に逢いました。

所がこの地方家の格式をやかましく言う所のようで、一応下交渉をして

おきましょうとの事。九日にはノーベックにあう約束もあるので、お願

いだけしておいてそこをたち坂越に向いました。 

網干は大体主なものは借り出されそうです。町史を借りておくっておき

ました。 

○三月八日 坂越にて昼まで坂田組合長からはなしをききました。ここの

古文書は京大の国史研究室のものが借りてかえって、現在ありませんが